たいやきのしっぽ

いまいち認知度の低いCS(化学物質過敏症)にかかっている人間の記録とつぶやき

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女子力とは

大学生の頃、「小論文」という、先生が厳しくて有名な講義がありました。
どういういきさつだったか忘れましたが、当時の私は意気揚々、その授業を履修しました。
その授業中先生が、何でもいい、「批判文」を書け、という課題を出したことがあります。
当時の私はその瞬時にビカッ!と閃き、
ものすごい勢いで「ぶりっこ批判」という文を、つらつらと書き始めました。

世の中には往々にして、男性の前でだけ
態度をコロッと変える女性というものが存在する。
高校の女子ロッカーを見やれ。

先程までしなを作り、
ターゲットたる男子のセーターの裾をそっと引っ張りながら上目遣いで、
え?私にも教えてほしいな?
などと言っていた女性、
女子ロッカーに移動するやいなや、「超アッチー!まじ暑いわ」などと言いながら、
ブラウスブワーッと全開で脱ぎ捨てーの、脇をグワッと上げーの、
エイトフォー、ブッシューーー、でっせ!

問題なのはその女性だけではない、
そんな見え透いた、あざとい仕草をされた側の男性はというと、
「あの子まじかわいい」とか、お前!おまえっっ・・・!!

・・・というような、単に自分の女子力不足のひがみだろお前?という文章を、
綿々と書き連ねたのでした。

予想外だったのは、翌週の授業時に教授が、
「前回の課題、あまりにも傑作があったので、音読します。
・・・いやっ、これはほんとに・・・」
とか言って、衆目の面前で、それを朗々と読み上げたのです。

そしてあろうことか、
「とむやむさん。取りに来てください。」
と私を教壇から呼ばわったのです。
もうね。今思い出しても、恥ずかしいんだか、誇らしいんだか。
なんとも形容し難い気持ちになります。

人がしないようなことを敢えてしてみたい、という傾向は小さな頃からあって、
私の小学校の時の卒業文集。
何でも好きな文を書いていい、ということで、
みんなが「小学校の思い出」、「将来の夢」というお題で書いていく中、
私のテーマは
「どうしてイースター島のモアイは滅びたか」
(しかもスクリーントーンまで貼った、自分の書いた挿し絵つき)

・・・・・

犯罪者が罪を犯して晒されるものとして、筆頭に挙げられるのが卒業文集ですが、
私がもしそんな事態に陥ったら・・・・
お茶の間がちょっと、微妙な雰囲気になりますね。
同級生も、ちょっとあの人は・・・
みたいな感じになるんじゃないでしょうか。

というかマスコミの人に、このモアイの文書いた人ってどんな人だった?
と聞かれたら、変な人でした、としか答えようがないんじゃないでしょうか。
なんで卒業でモアイ。
いやいや、ごくごく普通の小学生だったんですよ、本当に、
まさかあんなことする人には思え・・・
いやいやいや。

もしとある日のニュースで、モアイの卒業文集が晒される日が来たら、
ああ、やりおったな、あいつ・・・。と思ってやって下さい。


おっと、いつもながら話がとても脱線しました。
私は今日娘について書きたかったのです。
娘が最近、ぶりっこを覚えましてね・・・。

人にものを頼むとき、
「ねぇ、おかあたぁ~ん。おみじゅいれてゅぇ?」
とか言うようになったのです。

20160409052025b7e.jpg

普段、あんなに機関銃の如く、流暢にべらべらと喋っているくせに!!
不在がちな宅の主人など、おうおうかわいいなあ、
などと目尻を下げながら頼まれるがままやってあげているのですが、
もうね、嘆かわしいっ!

大学時代にそんな小論文を書くくらいですから、
私は旦那さんに「ねぇ、だーたん?おむちゅのウンチョス、かえてゅえ??」
とか、日頃断じて、言ったりしていないのですよ?!
だのに、だのに・・・
こういう女子力の芽は、いったいどこから生えてくるのでしょうか。
母は、不思議で不思議で、仕方がありません。

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| 普通の育児 | 05:45 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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シュレディンガーの猫と、赤子

「シュレディンガーの猫」・・・ 
聞いたこと、ありますか?
物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーが、1935年に発表した、
量子力学に対する批判・攻撃。
量子力学における、有名なパラドックスです。

=== (以下、Wikipediaより引用 )=================

まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。
箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量と、
ガイガーカウンターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。

7efc0145-s.jpg

もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、
これをガイガーカウンターが感知して、
その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、青酸ガスを吸った猫は死ぬ。

しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、
青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。
一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか。

この系において、猫の生死はアルファ粒子が
出たかどうかのみにより決定すると仮定する。
そして、アルファ粒子は原子核のアルファ崩壊にともなって放出される。
このとき、例えば箱に入れたラジウムが1時間以内にアルファ崩壊して
アルファ粒子が放出される確率は50 %だとする。

この箱の蓋を閉めてから1時間後に蓋を開けて観測したとき、
猫が生きている確率は50 %、死んでいる確率も50 %である。
したがって、この猫は、生きている状態と死んでいる状態が
1:1で重なりあっていると解釈しなければならない。

我々は経験上、猫が生きている状態と猫が死んでいる状態という
二つの状態を認識することができるが、
このような重なりあった状態を認識することはない。

これが科学的に大きな問題となるのは、
例え実際に妥当な手法を用いて実験を行ったとしても、
観測して得られた実験結果は既に出た結果であり、
本当に知りたいことである観測の影響を受ける前の状態ではないため、
実験結果そのものには意味がなく、検証のしようがないということである。

=====================================================

20160223134248703.jpg

わたくし、超・がつくほどの文系でして、
算数にアルファベットが登場した時点で全てを諦めたクチで、
はっきりいうと量子力学とかもう、その言葉自体からして
本当にちんぷんかんぷんなんですけども。
このシュレディンガーの猫、という思考実験については
なんだか哲学的な要素を感じ、思いを馳せることがよくあります。

ミクロの世界では起こり得ることがはっきり分からないので、
様々な起こり得る可能性が重なり合った状態とし、
観測して初めて何が起こったかわかる、とされます。

それが腑に落ちないシュレディンガーが
「じゃあ微粒子の反応によって毒ガスを発生させるセンサーをつけた箱を用意して
その中に猫を入れて閉じ込める 。
箱を開けるまで猫が生きているかどうかは分からないとして、
では、この中の猫の状態は? 『重なりあっている』というのは、
『生きてもいるし、死んでもいる』とでも言うのか?そんなわけあるか」
と、例を挙げて疑問を投げた 、というもの。

んなわけあるか?
ですよねぇ、ほんとに。

これには色々と解釈があるらしく、
例えばエヴェレット解釈(多世界解釈)というものだと、(wikiより引用)

「箱の中に存在する『猫の重ね合せ状態』は、観測を行う前も後も変わらない。
観測によって、『生きている猫を観測した観測者』と、
『死んでいる猫を観測した観測者』の重ね合わせ状態に分岐する。
(宇宙全体が並行に分岐するわけではない点で、並行世界の概念とは大きく異なる)。
分岐した後には『生きている猫を観測した観測者』、
または『死んでいる猫を観測した観測者』の一方しか残らないため、
矛盾は存在しない、という考え方である。」

  ・・・

いやーー、もう、量子力学、というか哲学の次元ではないですか?
何となく、普通に暮らしている人間が考えるとしたら、
「箱を開けるまで猫の生死が不明だとしても、
本当は生きているか死んでいるかは確定している」
と思うのが一般的だと思うんですが、
上記のような解釈をしている専門家がいる、ということは、
「どちらか1つの世界」ではなく、「2つの世界が重なり合ってる」
という、可能性が、ある?という?ことなんで?すかね???

=====================================================

あぁ~~。自分で書いていて、小難しい・・・。
しかし、たのしい。。。
そう、これは育児ブログ・・・だったはず。
話を本来の育児に戻しましょう。

首がまだすわっていない赤子を入浴させる際に、
まだ多少手のかかる上の子がいて、
且つ手伝ってくれる人が誰も居らず、一人で入れねばならない時・・・。
どうやって、一人で赤ちゃんをお風呂に入れますか?

僭越ながら、我が家の方法を公開致しますと、

(赤子はリビングにて着衣のまま待機)
取り急ぎ母全裸(赤子はすでに泣いている)、上の子のシャンプーをし、湯船で待機していてもらう
マッハで自分の体を洗う
全裸でリビングに戻り、赤子の服を脱がせオムツ一丁に、
  衣類でやんわり包みながら風呂場へ、脱衣所で剥ぎ取る
赤子の体、頭を石鹸で洗う (赤子泣き止む)
親子3人で入浴
赤子をタオルで包み、自分にはバスタオルを肩にかけてリビングへ
赤子にオムツを履かせたらタオルで包み、
  その間にざっと自分を拭いてバスタオルを巻き、洗濯ばさみで前を止めておく。
赤子に保湿をし、服を着せる
母のみ風呂場へとんぼ返り、洗顔、洗髪をする

こんな、感じです。
母だけ始終すっぱだかで、馬鹿みたいです。

赤子が、世に言う黄昏泣き、というものを嗜んでおりまして、
夕刻はわあわあ、と号泣なさるのです。
泣きすぎて、時にセミみたいになっちゃってます。
お風呂に入るとそれが収まるので、いつも夕方に皆で風呂に入っています。

ここで問題になってくるのが、⑨。母たる私の洗顔・洗髪です。。
お風呂でご機嫌を取り戻す赤子ですが、
リビングでひとり取り残されると、やはり長くは、もちません。
しかし私だって、洗うものを洗わねば始まりません。
というか、人として終わります。

ので、赤子をベビーベッドに押し込め、
ひとり風呂場へ高速移動、マッハで洗顔、洗髪を行うわけなのですが、
この最中に脳内を駆け巡るのが、冒頭の
「シュレディンガーの猫」なのです。

私が洗髪しているこの最中、
扉の向こうでは『泣いている赤子』と『泣いていない赤子』が
重なり合った状態で存在しているのだ・・・
そして、私が扉を開けた瞬間にそれが集束して・・・・

・・・とか考えながらリビングに音速で帰ってくるのですが、
まあこちらの世界では大概、泣いてらっしゃいますね、赤子。
泣いてない世界の赤子は、どこにおられるのでしょうね??

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| 普通の育児 | 18:03 | comments:19 | trackbacks:0 | TOP↑

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新生児時期における二人目について、雑記

ご無沙汰しております。
実家で、食っちゃ乳出し~の、の生活を送っております。
・・・と書いていたのですが、なんだかんだでもう実家から帰り、
家族4人の生活を始めております。
幸いなことに、今度生まれた赤子は今のところ非常に穏やかで、
お世話もかなり楽です。

一人目の時は、「赤ちゃんのお世話」は
阿鼻叫喚、ノイローゼ、廃人、という先行イメージが物凄く強く、
生む前は育児に対して恐怖感しかなかったですが、
生んでお世話をしてみたら、実際はその想定の1/10くらいの大変さでした。

今度の人は、一人目を経験した上で覚悟していた
お世話の大変さの、更に1/3くらいです。(現時点当社比)

それにしても、赤子のデフォルトだと思っていた、乳!乳!!
という要求が、デフォルトじゃない、ということを知り、
驚いております・・・

上の人は泣いたらまずは乳、何はともあれ乳、
離すときは口に指を突っ込んでこじあけないと解放して貰えず、
離したら離したで、空中を名残惜しそうにチュボンチュボン、
とエアー乳している始末で、結局乳離れするのに三年かかりました。

今度の人は、泣いたら抱っこすると、泣き止んだりするのです!驚愕!!
乳飲まなくても泣き止むの?!!?
抱っこで養分摂ってるんすか!?!?

乳を取り合えずあげようとしてみると、いえわたくしは・・・
などとやんわり拒否されたり、
飲むにしてもお公家さんのような上品な飲み方で
ちょぼ、ちょぼ、と嗜まれ、揚げ句には乳にむせかえって溺れたようになり、
やはりわたくしは・・・とお断りされたりして、
まぁその違いたるや、世話していて非常に面白いです。

赤子の時の性質というのは、三つ子の魂・・・
なのでしょうかね??
皆様のところのお子様はどうでしょうか。

上の子は今思い返せば、
生後10日ほとでうつ伏せから顔を持ち上げて背筋を嗜み、
20日ほどで寝返りを試みて、布団の上を秒針のように回転していました。
あれが赤子のデフォルトかと思っていたら、とんでもない。
下の人はにこやかに、手足をもさもさパタパタするばかりです。おっとり。

上の人は今、まーーパワフルでアクティブ、
そして腹に寄生虫でも飼っているのでは?というほどの大食漢。
有り体にいうと、イヤシンボです、あの人。ちょっとまずい。
しかしこれ、、、赤子の時の性質そのままにお育ちに??

パワフルさで言ったら、一歳の時の一升餅(約2キロ弱)も、
背負わせたら重くて泣いてあらあら、という様式美の行事ですが、
彼女、背負わせたら泣くどころか、やおら立ち上がって、
そのままかついで何歩か歩いてましたしね・・・。はぁ・・


ところで、わたくし育児に関して非常に斜に構えているというか、
わりとドライな子育てをしている方だと思っておりまして、
「二人目ってかわいいよ」、と色々な方から言われたときも、
フーン?あそうなの?またまたーー。
と思っていましたが、

二人目、超・かわいい。
です。

2015112416305797f.jpg

今のところ新生児時期でしか比較できないのですが、
泣いたって、あらあらあらー♥
どーせ3ヶ月になるくらいまでは、
意味もわかんないけどとにかく泣きまくるつもりなんでしょ♥ 知・っ・て・る♥
なんつって、まーとにもかくにも、かわいいのです。

かわいいって、どう説明したらよいのでしょうか、
世間では、食べちゃいたいくらいかわいい。
などとよく言うので、食欲魔人としては大いに賛同したいところですが、
生憎、自分の赤子を見ても、
嗚呼。食べてしまいたい。とは思いません。
ただ、目の前の赤子がスーハーした二酸化炭素を吸い込みたい、
という、おかしな衝動に駆られることがあります。
キモいでしょう?キモいんです。

ちなみに勘違いしていたことは、
二人目がかわいい = 二人目の方が好き、
という意味になんとなく解釈していましたが、そうではなく、
単にかわいい、という点に於いて、ベクトルが二人目にビッと向く、
といった感じです。

推測するに、これから下の子がチョイ、チョイと迎えるであろう
子供の成長に伴う反抗期にしても、
まだまだ主張が、コ・ド・モね♥
ワタシ、もっと激しくて小賢しくて可愛げないの、知ってる♥
と現在進行形の上の子の反抗期と比較することで、
鷹揚に構えられるのではないか、と思うのです。
はい。今の段階では、完全なる憶測です。

それにしても、もともと生き物好きとしては、
人間と言うより動物のような挙動の新生児時期が結構好きなので、
今や毎日がゴールデンタイムです。

深夜、いきなり予告のないトップギアでホァ・・ホアァーー!!!!
と絶叫し出す赤子を膝に抱いて、泣いてるねえ。
とウットリ観察する余裕のある、二人目育児です。
モロー反射、三ヶ月と言わず、もっと見せて下さいお願いします。

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そうそう、せっかく男児が生まれたので、ということで、
ブログのジャンルを「女の子育児」から「男の子育児」へ、
お引っ越ししてみました。
これからも、育児という名を借りて、
ヘンテコ野菜を世に発信していきたいと思います。
宜しくお願いします。(迷走中)

| 普通の育児 | 23:28 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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2015年 節分 その2 ~鬼のお面編~

記事を書くのが遅くて、賞味期限切れになる。
わたしのブログで、よくあることです・・・。


さて気を取り直して、先日の節分の、
自作鬼のお面作りを、覚え書きで書いておきます。
超・適当、豆まきの間5分もてばいい、そんな簡単なお面です。

まず、目と目の距離をはかります。
子供はおおよそ7センチ。
大人(わたし)はおおよそ8センチ。

ということで、白い紙(画用紙があればそれ)に
間を7~8センチ空け、点を2つ打ちます。
そこを目玉になるようにして、適当に絵を描きます。
右が4歳児画伯執筆。
わたくしは筆ペンで。

DSC_6877.jpg

お好みで、塗ります。

DSC_6879.jpg

(ここは画用紙だったら省略)
紙を裏返して、絵の輪郭のところにのりをつけ、厚紙を裏から貼ります。
厚紙は、適当なティッシュの箱でも、Yシャツの型紙でもなんでも。

DSC_6880.jpg

それを表に返して、絵の輪郭で切り取ります。

あとは目玉をくりぬき、耳のところでパンチ穴をあけ、ゴムを通します。
おしまい。

DSC_7039.jpg
テライケメン

大人用は、耳にゴムが届かなかったので、
輪ゴムを2つ繋げました。かぶれました。

制作にかかった時間は、子供のヘルプも含めて、
40分ほどでしょうか。

そんなつもりじゃなかったんですが、
子供のお面の目を小さくくりぬいたら、
妙につぶらな瞳の鬼になってしまいました・・・。

DSC_6881.jpg

その後子供は、「豆をぶつけられて喘ぎ、倒れる鬼」
と言って、「ああっ!(悲)」と倒れ込む練習をしていました。

| 普通の育児 | 07:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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お弁当と里山遊び 9月

いつもの、里山遊びイベントに行って参りました。
大変残念ですが、今回でこの里山遊びは終了です。

もともと春夏半期の募集で、秋冬もあるのですが、
前期があまりに人気で定員の3倍近い募集があったため、
後期はその抽選に漏れた人を優先的に入れるとのこと。

残念ですが、あの楽しさは沢山の人に知ってもらいたいと思うので、
納得の措置でございます。
また来年、応募するぞう!


・・・といわけで、今回の里山の活動をざざざっと。
里山はすっかり秋の気配になっていました。
お彼岸に律儀に咲くと評判の彼岸花。
スマホのカメラだと、あの鮮やかな朱色がなかなか出ません・・・。

DSC_0864.jpg

子どもはというと、大好物の栗を拾い、興奮。
今日はくりごはんにしようね!とずっと言っています。分かったというに。
お花なども時々摘んでみます。
が、、花より団子派。
圧倒的な団子派です、この人。

DSC_0827.jpg

こんな拾いました。
あっ、バッタさん、こんな日の高いうちからいけません・・・。

DSC_0831.jpg

秋です。数珠玉できてます。

DSC_0860.jpg

何度撮ってもピントが合わなかったんですが、
6月に咲いていたネムの花に、実が出来てました。
豆科だったのね!

DSC_0861.jpg

これも細すぎてピントがあわないっ!
この植物、ネーミングセンスが秀逸なのです・・・
上から見ると赤色ですが、

DSC_0863.jpg

後ろから見ると白っぽい。
そこで昔の人は名付けました、「水引」と。

水引

昔の人はなんて風流なんでしょう、
私だったら、赤粒草とかそんなレベルで名前付けてると思います。

さて少し散策が済んだら、いつものおやつタイムです。
今回はお彼岸にちなみ、おはぎを頂きました!
おいしい~。
ちなみに私は、あんこより中の餅米が、大好きです。

DSC_0833.jpg

おやつタイムが終わったら、畑仕事をします。
今回は、落花生の収穫体験です。
腰入ってます。

DSC_0838.jpg

スタッフさんがしていた落花生もぎりを見て、
やってみたいと自主参加。
何に興味を示すか、よくツボがわかりません。

DSC_0839.jpg

これも毎回やりたがる、水やり。
上達しました。
前は、真っ逆さまにひっくり返してたのですが。

DSC_0844.jpg

畑仕事が済んだら、いつも行かない場所まで
みんなで探検することになりました。
この里山は近くに小川も流れていて、いい気持ちです。

DSC_0842.jpg

なんと、ガマの穂発見!
小さい頃絵本で見た、「いなばのしろうさぎ」に出てくるアレです。
超・感動。
うさぎが毛皮を剥がれた背中に、この穂をほぐしたものを塗ってキズを治すんですよね・・・
子供心に、仙豆に近しい憧れがありました。

DSC_0847.jpg

里山では、棚田の刈り入れが終わっていました。
日本の原風景という感じで、ほっとします・・・

無題

食いしん坊、米粒の存在に食いつきます。
お米だ、お米だ

DSC_0848.jpg

池のほとりで、収穫した栗を洗うの図。
妖怪あずき洗い。
おいおい、殆どの栗が水に浮いてるじゃないか・・・。
(浮いた栗は虫食いなので食べられない)

DSC_0854.jpg

探検が一通り済んだら、やっとこごはんタイムです。
実はお弁当持って行かなきゃいけないのをすっかり忘れていて、
朝お米がなかったので、メニューは冷やし中華となりました。

DSC_0865.jpg

具も、王道のトマトとかきゅうりとか全くなかったので、
塩もみ玉ねぎ・シカクマメ・わかめ・卵という適当さ。
でも、けっこうおいしかったです。

して食後は本を読んでもらい、
最後は畑でとった野菜と、竹に刺した秋の草花をお土産に頂き
解散となりました。
すごい腰が入っていますが、、

DSC_0870.jpg

半年間、本当に親子共々楽しませて頂きました。
子どもも自然に興味が湧いたようだし、
大事な時期に貴重な体験を沢山させてもらいました。
スタッフのみなさん、本当にどうもありがとうございました!

| 普通の育児 | 12:37 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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